岩手・宮城内陸地震では、被災に遭われた方達をはじめ
お亡くなりになった人たちのご冥福を心よりお祈りいたします。
今晩は薄井宣正です。
ラジオのDJが哲学を語る番組に耳を傾けた。
「大丈夫 絶対大丈夫 大丈夫じゃなくても大丈夫」と言った
言葉に思わず笑ってしまった。
面白い。
その通りだなって感じ。
被災地の方達は実に明るい。明るいふりをしているのかもしれないが
実に明るい。水も出ない。電気もつかないそんな環境の中で
笑顔で取材に答えていた。
私ならどうだろう?
いらいらしているかもしれない。団体行動に得意でない私にとって
共同で暮らしていくのは大変だと感じている。
時間は過去の苦しみを忘れてしまう。忘れさせてもくれる。
過去の大震災。忘れてはいけない過去の出来事だ。
![88614_c450[1].jpg](http://naigaiself.co.jp/mt/88614_c450[1].jpg)
しかし復興して被災者の方達はたくましく生きている。
大丈夫じゃなくても大丈夫。
この言葉に救われた気持ちだ。私にとって名言。
みんな何らかの苦しみを背負って生きている。
不安とは一生懸命生きていない証拠だと・・・・
不安とはまだ来ない未来を負のスパイラルでイメージを
作り上げているのにすぎない。
何故関東に地震がこないのか?
きては困ることでありきたら大惨事になることは言うに足らない。
それでも今現在まできていない。
私はこう感じている。
関東には地球を良くしようとするとてつもない人間がたくさんいる
ような気がする。その人たちの感謝の波動が予期せぬ震災を
防いでいるのではないかと・・・・
もちろんそれとは反比例に感謝の欠片もない自分のことしか考えて
いない輩もたくさんいる。むしろじょじょに逆転していくかもしれない。
そうなったら関東大震災は一気におきることだろう。
シェルターを作ったり、耐震強度を加えたところで今回の岩手・宮城内陸地震
以上の震度であれば、たちまち崩壊してしまうのだ。
シェルターで生き延びたとしても、助け合う他人がいなければ
生きる希望は瞬く間に薄れていくことだろう。
どんなに金掛けて自分だけ生き延びたとしても創造してみてください。
誰もいない。語る相手も、愚痴る相手も、涙をぬぐってくれる相手も、
抱きしめてくれる相手も、寂しさを癒してくれる相手もいない世界に
生き延びて何の意味があるのかって・・・・・
そう思うと環境が苦しくても共有する他人がいてくれるだけで、ただ
それだけで幸せだと・・・・
その気持ちが今この日本には薄れているような気がする。
この地方の方達には強さがあるから、このような震災に遭っても
負けない力がある。だから自然は少しずつ私達に感謝の気持ちを
気づかせようとしているのではないだろうか?
平和ボケして幸せであることを幸せと思えない一生で生きていきたいと
私は思わないのである。
貴方に伝えたい。
大丈夫じゃなくても大丈夫 私達はこの地球に守られているのだ
その地球は宇宙に守られている その宇宙は私達の生命に守られているから・・・
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