梅雨は何処へやら・・・・
今晩は薄井宣正です。
暑い日が続きますが、お変わりございませんか?
今日と同じ蒸し暑い先日の土曜日。私は葬式に行きました。
鶴瀬という町では結構有名な飲み屋のママが亡くなった。
突然の訃報に驚かされた。
まだ若かった。
病気で入院していることは風の噂で聞いていたけれど・・・・
今ではお店に足を運んでいないけれど、昔はよく通わせていただいた。
不景気という言葉はこの店にはなかった。
いつも満席状態で活気があった。
ママはやり手だった。お店の子もひとつにまとまっていた。
お目当ての女の子をなかなか私に寄せ付けない。
代わりにいつも隣にママが来て言いたい放題しゃべり捲くっていた。
「あんた 心が良いね」
「この間 娘と何処そこへ行ってきたよ」と豪快に笑っていた。
ママの話はいいからお目当ての子を連れてきてくれと半分
苛立ったこともあったけれど、これもママの計算だった。
そんなママも土地を買い家を建てたときも、
隣が空いているから私に買えとプライベートで電話があった。
変な人が来るのが嫌だったらしい。
だけどうれしかったね。こちらは買えることはできなかったけど
声を掛けてくれたことに今でも感謝している。
いつも自分の娘の話をしていた。
離婚して、女一人で娘を育ててきた。娘を心から愛していた。
その娘が喪主をしたのである。
これも驚きだ。親戚はいないのか?
親戚と仲が悪いのか? でも親戚達はたくさん来ていた。
ママの遺言かもしれない。
18歳の娘一人きりでこれから生きていくのだ。
気丈に振舞っていた娘も最後のあいさつでは涙をこらえて
挨拶文を読み終えた。責任を全うした。
立派だった。
まだ18歳。
暑い葬儀場で汗が流れた。私のひとみから涙が流れた。
鼻水も唇に伝わり汗と涙でごちゃ混ぜになって流れた。
舌で舐め拭い去った。
塩っ辛いしょっぱい味がした。生きていることを感じた。
最後の別れにママに手を合わせた。
心からご冥福を祈った暑い午後の7月12日だった。
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